私を知る旅の語り部
Daso Sufiです。
私が数秘を研究していたことは
最初に書いた通りです。
何十年も経って
それを手放したのは、
自分自身や人びとの、
一部の人格を
読み取れるという
面白さはあっても、
それ以上の、
言わば、
魂に触れる何か、
真理を告げる何か、
ではなかったからです。
別の局面から見るなら、
自分で自分がわかっていなかった。
どんなツールを探求するにしろ、
「私を知る」が
ど真ん中にあるとき、
正しい導きに出会う。
それがやっとわかってきた
そんなある日。。。
人生は奇遇です
とつぜん
お告げがやってきた。
今、行っておかないと、行けなくなる!
何に?
グルジェフ・ムーブメンツに!
論理的な頭にはさっぱり意味不明なんですが、
私の人生には、
このような出来事が多々あるんです。
第14章:エニアグラムのページにこんな一文があります。
エニアグラムを理解するためにはそれを運動の中で考えなければならない。動きのないエニアグラムなど死んだシンボルに過ぎない。生きた シンボルは動いているのだ。 グルジェフ:エニアグラムは運動(ムーブメント)によって経験することができる。これらの運動のリズム自体が必要な考えを示し、必要な緊張含んでいるのだ。これなしでは最も重要なものを感じ取るのは不可能だ。 <奇蹟を求めて P.D.ウスペンスキー著より>
グルジェフの言う運動とは、
グルジェフ・ムーブメンツのことだろうか?!
そう、昔から気になっていたけれど、
私には到底踊れないだろうと
遠目に見ていた、
あの不思議な舞踏。。。
本が先か、
お告げが先か、
もはや思い出せないのですが、
すぐに検索して出てきたのが
フランス人ティーチャーのAmiyoでした。
面識はないけれども、
以前から名前は知っていたので、
すぐにメールを書き、
温かいウェルカムメールを受け取って、
気がついた時は
フランスの片田舎で
ムーブメンツに参加していたんです。
イノセントな私は、
「エニアグラム」という名前の
舞踏があるのだと思い込んでいたのですが、、、。
1週間のコースは瞬く間に過ぎ、
エニアグラムがどうこうではなく、
数の神秘の探求でもなく、
それは、
文字通り
私を知る旅の
はじまりだったのです。